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東京高等裁判所 昭和56年(く)282号 決定

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、申立人代理人弁護士馬場泰作成の即時抗告の申立書及び同松本健男作成の同補充書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、原決定は、申立人に対して補償すべき弁護人であった者の旅費、日当及び宿泊料の範囲を、差戻前の第一審(以下単に第一審という。)及び差戻後の第一審(以下単に差戻審という。)においては各三名の弁護人に係る範囲に、控訴審においては二名の弁護人に係る範囲にそれぞれ限定した点並びに弁護人であった者に対する報酬を第一審においては九〇万円、控訴審においては三〇万円、差戻審においては九六万円しか認容しなかった点において不当であるから、これを取り消し、更に多数の弁護人であった者に係る旅費、日当及び宿泊料並びに本件事案の性質及び弁護活動にふさわしいより高額の報酬を補償するのが相当である、というのである。

そこで、まず、申立人に対し旅費、日当及び宿泊料の補償をなすべき弁護人であった者の範囲について検討する。

申立人が被告人であった本案事件(第一審新潟地方裁判所昭和四四年(わ)第三二三号、控訴審東京高等裁判所昭和五〇年(う)第六七六号、差戻審新潟地方裁判所昭和五二年(わ)第七一号)の公訴事実は、申立人が昭和四四年一〇月五日から同月二〇日までの間に、新潟県佐渡郡金井町内所在の航空自衛隊佐渡分屯基地内において、ビラ等を貼付掲示する方法により同基地内で勤務する自衛隊員らに対し当時同基地内で実施されていた特別警備訓練を拒否するよう働きかけ、もって政府の活動能率を低下させる怠業的行為の遂行をせん動したという自衛隊法一一九条二項後段、一項三号、六四条二項違反に係るものであり、本件は、右各法条の合憲性、同法条の規定する構成要件の解釈、前記特別警備訓練の内容如何と被告人の行為の違法性との関係等の重大な法律問題を包蔵するとして、社会の関心を集め、審理も種々の紛糾曲折を経た。しかしながら、第一審から差戻審までの全審理を通じてそれほど大量の証拠調べは行われず(取調べに期日・時間を要した証拠調べとしては、証人五名の尋問、検証二回及び被告人質問が行われたに過ぎない。)、最終的には、被告人の行った行為が前記法条の定める構成要件に該当するか否かの点のみについて審判がなされ、その余の問題点については本格的な審理は行われないまま事件の確定をみたのである。本件においては、起訴から確定までの間に特別弁護人五名を含めて総勢二〇八名にも及ぶ弁護人が選任され、多い時で四〇名、少ない時で七名の弁護人が第一審の第一回公判期日から差戻審の判決宣告期日までの公判期日及び公判準備期日に出頭した。しかしながら、前記のような本件事案の性質・内容及び審理経過、控訴は検察官のみの申立てに係るものであったこと、各期日には概ね東京、大阪及び新潟の弁護士会所属の弁護士たる弁護人(以下単に東京、大阪及び新潟の弁護人という。)がそれぞれ相当数出頭し、弁護活動を分担して行った状況(ただし、控訴審の公判期日には新潟の弁護人はひとりも出頭していない。)、個々の弁護人の役割及び出頭状況等記録からうかがわれる一切の事情のほか、被告人であった者が少数の弁護人を選任した場合や国選弁護によった場合との権衡等の点をも併せ考慮すると、原決定が、申立人に対して旅費、日当及び宿泊料の補償をなすべき弁護人の範囲を、第一審においては角南俊輔(主任弁護人)、松本健男及び松井道夫の三名、控訴審においては松本健男(主任弁護人)及び小泉征一郎(副主任弁護人)の二名、差戻審においては松本健男(主任弁護人)、小泉征一郎及び馬場泰の三名の範囲に限ったのは、大筋においては正当であり、より多数の弁護人に係る費用の補償を求める所論は、事案の性格の点もさることながら、余りにも出頭弁護人数に傾き過ぎた主張であって、採ることができない。しかしながら、記録に基づき原決定を仔細に吟味すると、原決定は、補償をなすべき弁護人の範囲を前記のように特定の弁護人に限定しながら、右弁護人らに係る旅費、日当及び宿泊料の金額を計算する段階では、第一審及び差戻審においては右弁護人らの一部が出頭しなかった期日があるにもかかわらず、これを考慮に入れず、右各弁護人の全部が全期日に出頭したものとして金額を計算するという矛盾を示しており、不合理である(原決定を、右特定の弁護人の一部が不出頭の期日については、その弁護人と同じ地から出頭した他の弁護人に係る旅費、日当及び宿泊料を補償したとの趣旨に解してみても、第一審においては新潟の弁護人がひとりも出頭していない期日があり、その限りでは同じ地から出頭した他の弁護人に相当する弁護人もいない期日があることになること、前記特定の弁護人が連続開廷日の一日についてのみ出頭し、連続開廷日の他の期日に出頭しなかったことがあるが、この場合にかわりの弁護人に係る旅費等についても補償するというのであるならば、弁護人二名分の旅費等を計上する必要があるのに、原決定はこれを行っていないこと等の不合理な点が残ることは避けられない。)。そこで、改めて申立人に対し旅費等の補償をなすべき弁護人であった者の範囲について考察すると、第一審においては角南俊輔(主任弁護人)、佐々木哲蔵(同人不出頭の第一五回、第一九回、第二一回、第二四回、第二五回、第二七回、第二九ないし第三二回、第三四ないし第四〇回公判期日においては川端和治)及び松井道夫(同人不出頭の第二〇回、第二三回、第二九回、第三〇回公判期日においては小口恭道、同第二六回公判期日においては片桐敏栄、同第三一回及び第三四回公判期日においては木村壮、同第三二回公判期日においては河合弘之)、控訴審においては松本健男(主任弁護人)及び小泉征一郎(副主任弁護人)、差戻審においては松本健男(主任弁護人)、小泉征一郎(同人不出頭の第八回、第一一回、第一六回、第二二回公判期日においては河合弘之、同第二三回公判期日においては近藤正道)及び馬場泰(同人不出頭の第一一回公判期日においては松井道夫)の範囲に限って補償するのが相当と認められる。そこで、刑訴法一八八条の六第一項により準用される刑事訴訟費用等に関する法律の各該当条項に従い右弁護人であった者らに係る旅費、日当及び宿泊料の額を計算すると、それは別紙弁護人であった者に係る日当・旅費・宿泊料計算書及びその内訳表記載のとおりであって、結局その総合計額は原決定の認定した総合計額三六四万四七九二円に満たないものである。

次に、申立人に対し補償をなすべき弁護人であった者に対する報酬の額について検討する。

右については、刑訴法一八八条の六第一項により準用される刑事訴訟費用等に関する法律八条二項により、裁判所が相当と認めるところによることになるが、同条項に関しては既に国選弁護人に対する報酬額算定の関係で長年の運用実績があること等に鑑みると、刑訴法一八八条の六第一項により補償をなすべき弁護人であった者に対する報酬額も、各審級における判決宣告時を基準として、国選弁護人に支給すべき報酬額に準じて定めるのが相当である。そこで、右考え方に従い、前記のような本件事案の性質、審理経過、各審級における開廷回数、各審級における弁護活動の状況、弁護活動上必要であったと認められる弁護人間の連絡、事前準備及び記録の謄写に要した経費の額等を総合勘案して判断すると、原決定が補償をなすべき弁護人であった者に対する報酬の額として各審級ごとに定めた各金額はいずれも相当な金額として是認することができ、これが不当に低いとする所論の非難は失当である。

なお、申立人に係る旅費、日当及び宿泊料については、原決定の認定した金額は正当であると認められる。

以上検討の結果によれば、原決定の定めた補償額が刑訴法一八八条の六所定の補償額として正当な金額を下回るとは認められないから、論旨は結局理由がない。

よって、刑訴法四二六条一項後段により本件抗告を棄却することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 杉山英巳 浜井一夫)

〈以下省略〉

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